※1986年、10月以降の六軒島の魔女、エヴァの話。捏造。ep4の内容を含みます。
謎展開注意。




「暇ねぇ…」
本棚にあった本もあらかた読み終えてしまった後で、
手持ち無沙汰になった小さな魔女、エヴァはソファであくびをしていた。
館には誰もいないのを良いことに、そのままごろりと無防備に横になってみたが、
大した疲労もなかったので眠れそうにない。何度か寝返りを打ちつつ、彼女は不服そうに唸った。

魔法の力を手に入れた後、今まで知り得なかった喜びや楽しさを沢山経験したからか、
彼女は久々の退屈に、急激に不機嫌になっていった。
「……あぁ…まずい…駄目だわ。消えちゃいそう……。」
魔女にとって退屈は死活問題。
退屈も毒であるし先程のような退屈な考え事でさえも毒になる。
エヴァは寝返りをうち、うつ伏せになると顔をクッションに押し付け、そのまま動きを止めて思案しはじめた。
「うぅん…暇つぶし…えぇと…ん?そうだ。家具にでもコーヒー煎れてもらおうかしら?
ええ、そうよ…私好みの煎れ方も仕込んでおかなきゃいけなかったじゃない!」
エヴァはよい考えが思いついたとばかりに顔を子供のようにほころばせ、すぐに杖を手に取った。
巨大な力を手に入れた彼女は、くだらない事で命を捨てるのはごめんだった。
「…さぁさ、おいでなさぁい、シエスタ45、410ぅ」
強大な魔力を消費する召喚魔法であるはずなのに、
エヴァはソファに寝っ転がったまま面倒くさげに家具の名前を呼び、そして空気は波を打って呼びかけに答えた。
まばたきする間に黄金の蝶が二羽のうさぎの形を作りだす。
煌めきの後に姿を現した彼女らは、いつものように主に向かってピッと凛々しく敬礼をした。
「シエスタ45、ここにっ!」
「シエスタ410、ここにぃ!」

そんな彼女らが目に入った瞬間、エヴァは思わず杖を落としてしまった。決して危機を免れたために気が抜けたわけではない。
彼女の目は驚愕によって見開かれていた。
「ちょっ、ちょっ、アンタたちなんて格好してるのよッ!?」
若き魔女が驚いたのも無理はない。
彼女の召還した武具は、服と呼べる物を一切纏っておらず、
その濡れた肢体にタオルを一枚巻いているだけの姿だったのだから。
エヴァは、思わず目を逸した。
困惑する主を見て、武具たちは首を傾げる。
「?なんて格好してるって…嫌ですにぇ。エヴァ様が呼ばれたから、私たちがすぐに呼び出されたんじゃないですか?ねぇ、45」
「ええ…わ、私たちは只今入浴中でしたっ!ですから、この様な姿なんです!ご容赦下さいっ」
「はっ?わっけわかんなぁい!服着てきなさいよ!有事の際なら多少時間かかっても我慢してあげるし」
「……?」

部屋がまさかの沈黙に包まれたので、エヴァは何となく間がもてなくなり、ていうかずっとその格好でいるつもり!?と、杖を一振りして武具に服を与えた。
主の厚意に対して、武具は長い耳を揺らしながら敬礼した。
「…でも、甘いですよエヴァ様?召喚されるこちら側からは、召喚されるまでは
召喚する側のお方――魔女様の姿や様子などは分かりかねますにぇ。
もしも魔女様が大ピンチの際、私たちが"有事"ですぐ来られなかったらどうします?
かっちり軍服を着込んで出てきたときはもう遅くって、魔女様が肉片になってたら……?」
「ひいいっ!りゅ、竜王様に叱られます…!
命令は絶対ですっ!」
「た、確かに一理あるけど……。でも…何て言うか…その、常識とか、羞恥心とか、あるでしょ…普通は…」
「そんなこと言ってられませんよエヴァ様…。
そういえばエヴァ様は大魔女であらせられるし、まだまだ成長もするようですから、
これから力を付ければつけるほど召喚士様に呼び出される対象となっていくでしょうにぇ。」
「エヴァ様が有名になられる言は、私たちにとっても光栄な事ですっ!
かつてのベアトリーチェ卿もそうだったんですよ。
彼女を召喚したゴールドスミス卿は心を奪われ、
生涯をかけてベアトリーチェ卿を再び召喚しようとしたんですっ」
「にひ、ベアトリーチェの名を襲名した魔女として、エヴァ様も同じ運命を辿らなくては」
「あっ、あんたたち…おかしいわ…?私は嫌よ!お風呂入れないじゃない!」
「まあ嫌でも召喚はされますし、そのうち慣れますにぇ」
それでご命令は?と笑顔を浮かべる武具を目の前に、エヴァは怒ることも開いた口を閉じることも忘れていた。

 

「――だから私は黒い魔女になったわ!
黒い魔女は人の心に住まうものであり、召喚されるものではない!
すなわち、あんな恥ずかしい格好で人前に立つ必要性は無くなるのよ……!!」
縁寿には、その話を涙無しに聞くことは出来なかった…。
どうして彼女の苦しみに気付いてやれなかったのか、と縁寿は悔やむ。今の縁寿にとって、これは決して他人事ではないのだ。
それは旅の終わり。13年ぶりの六軒島の風とうみねこの声が、二人の魔女を包む…。
ふたりの間の厚い壁は、今こそ溶けだそうとしていた――。  
 
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