EP3の、1986年10月5日の不幸な事故で生き残った絵羽と、 その夫の話。
※絵羽派の方注意


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もう魔女は、エヴァはいない。
でもその代わり、私が魔女になったわ。
十トンもの黄金は当主である私のもの。勿論私の意のままに出来る。
"即ち私こそが黄金の魔女、右代宮絵羽。"

 
 
1986年10月5日の連続殺人事件から生還してからも、
右代宮絵羽はよく高熱を出して苦しんだ。
しかしどんなに高熱が出ても、彼女は十トンの黄金の持ち主である為、
取り入られる事、不意打ちをされることを恐れ人に看病を頼む事をしなかった。
薬だって信用できないとも、彼女は思っている。
 
だからこうして常備薬を飲んでいるのも、臆病な彼女なりの勇気だった。
だがその薬にも体が慣れてしまって、今は効果がほぼ無くなった事は解っていた。
彼女は自分にとっての一番の薬を知っていた。
しかしその特効薬はどんなにカネを積んでも手に入らない薬だった。
 
大きなベットに横たわった絵羽は荒い息を繰り返しながら、
きょろきょろと視線を動かしていた。
何度も悪夢を見た。
(速くこの熱を下げないと。誰かに殺されるかもしれない…。)
彼女は恐怖で震え呻りながら、汗ばんだ手で掛け布団を握った。
 
怖くて怖くて、譫言のように夫を呼ぶ。
 
「…はぁっ、…あなたぁ、あなたぁ…怖いの…おねがいよぉ、
手、握って…、そこに居るんでしょう。本当は、」
それはほぼ無意識だった。

だから、返事が返ってきたことに驚く。
 
「おるで。ずっと絵羽の隣におった」
「えッ!?」
絵羽が声のした方向に顔を向けると、そこには6年前に”事故死した”最愛の夫が立っていた。
立って、絵羽を見下ろしていた。彼女の知る夫とは違う、あまりにも無機質な表情で。
「あ、ぅ…あなた…ずっと居てくれたの?ど、どうして気づかなかったのかしら、私ったら妻失格だわ。
でも、すごく嬉しいわ。あなたにまた会えて、本当に嬉しいわ…、」
絵羽は目に涙を溜めて微笑む。
ああ、笑ったのはいつぶりだろう。
それを思い出せないほどの、久しぶりの喜びだった。

…しかし秀吉は彼女の意に反して、絵羽からふいと顔を背ける。
「あ…、あなた?」
呆けている絵羽の目線の先で、彼は淡々と言葉を繋げた。
「笑わせるな。
何が妻や?お前にはもう愛想がつきたで。…お前の様な女はもう知らんわ」

「え…?」
それは彼女が、彼と一緒になってから、最も恐れていたことだった。

絵羽は息を詰まらせ、目を見開いて秀吉を見た。
だが秀吉は絵羽を見ようとはしない。 
「あなたっ、あなたあぁあ…おっ、お願いよ後生だから何でもするからぁあっ、
えぐっ…私を、嫌わないで、また、…もう独りぼっちにしないでぇッ!、ひぃいいいいいぃい…ッ」
絵羽はまるで子供のように大声で泣き叫ぶ。
秀吉に触れようと必死で熱でおぼつかない手を伸ばすが、その手は空を切り勢いのあまり壁に当たった。
 
そして、
「───ひッ!!」
 
その鈍い痛みに絵羽は悲鳴を上げる。
痛みで思考が一気にめぐり始める。かつての聡明な魔女に相応しく、速く、速く。
(痛い痛い!、誰かが私の手を、撃ったの?分かった、私を暗殺して、私が半生を掛けてやっと得た当主の証である、黄金を!一瞬で奪い取ろうって言うのねッ!?)
「それだけは許さないわ!で、出てきなさい、凡夫如きが右代宮家のッ、栄光を奪うことが!許されるものかあぁぁ!…」
半狂乱になって、散々暗殺者を罵倒し出てこい出てこいと煽り悪態をついていたら。
絵羽は激しく咳き込み、徐々に動けなくなった。
 「はぁっ、はあっ、なにこれぇぇ…!?わかった、銃弾には毒が塗ってあったんでしょぉ。
あははは狡猾なものね、…ヘソ噛んで…し、ゲホ…」
ふと、目の前に愛しい夫の姿が目に入る。絵羽はせきこみながら、ぼんやりと彼を見る。
哀れなものを見る目で見下ろしている、秀吉をゆっくりと見る。

そして彼女はもう一度微笑んだ。本当に幸せそうに。
右代宮秀吉が、最愛の夫が隣にいてくれることが、自分を見つめてくれたことが、
たまらなく嬉しくて。嬉しくて…。 
(私は、死ぬのかしら…?)
「うん、いいのよ、あなたが"側"にいてくれるだけで、いいの…あなたがいれば、何も怖くないの」

それは、嘗て追い詰められた幼い絵羽が心の中に産み出した、エヴァという存在と似ていたかもしれない。
 
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熱にうなされているのだろうか。
介抱されることもなく、薄暗い部屋で
空に向かって幸せそうに愛の言葉を囁く伯母を、12歳の縁寿は実につまらなそうに見ていた。
 
(絵羽伯母さん、本当はわかってるんじゃないの?)

この部屋に暗殺者はいない事。
もちろん毒だってない事を。
 
 
魔女じゃない、
なぜなら魔女は死

(だから魔法が使えない。誰が見たって哀れな狂女)


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