※楼座視点。楼座と魔女。
童話を捨てきれない楼座の話です。
暴力の描写があります。真里亞派の人は特にご注意ください。
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私は森の魔女様を殺しました。


もうすっかり暮れきった暗い道を、ふらふらと歩いて、やっとの思いで家に辿り着き、
ひどい罪悪感と恐怖感に不安で押しつぶされそうになって、
唯一心配して話しかけてくれた熊沢さんに『魔女が私のせいで死んでしまった』ことを打ち明けたら
「任せて下さい」と言ってくれて、当時の私はやっと一息をつけました。
私はやっぱり馬鹿です、だって、「任せて」何をですか。
熊沢さんは中学生の、子供の戯言と、はぐらかしたに決まっていますよね。
でもまぁ、それは当然といえば当然ですから、重要なことは、
魔女の居なくなった森は既に"私にとって怖いところでは無くなった"という事です。
この場合森の中で迷うこと、といった怖さは除いてのあくまでイメージの怖さの問題です。
とにかく私は鷹をくくっていました。
お母様に怒られるのが嫌で点数の低いテストを隠したり、兄さん達から隠れたり、
大人になってからも、あの森で…失礼な事をしたと思います。


そうです。
だからこんな事になったんだと思います。

ここで話が飛ぶんですが、真里亞が三歳位の頃の事です。
譲治くん達に真里亞を任せて私たち大人は親族会議をしていました。
それで、一旦中断して、気分転換のつもりで窓の外を見たら、
真里亞が森に向かって歩いていくんです。
どきりとしました。
同時に、しっかりしている譲治くんがいるから大丈夫かしら、と思いました。
あの森は深いから心配だけど、きっと入る前に引き留めてくれる。そう結論付けることにしました。
まもなく会議が再開されました。


…その後、私は愕然としました。
"真里亞がちょっと目を離した隙に居なくなってしまった"と譲治くん達から聞かされ、
私はすぐさま走り出していました。あの森へ。ハイヒールを履いていたのでひどく走りにくく腹立たしかったです。
森の入り口に立ち真里亞の名を繰り返し叫びました。
視界いっぱいに鬱蒼と繁った木々が私を脅そうとしているようでした。私は既に泣きそうになっていました。
とにかく懸命でした。草をかき分けて歩き、夕方とは思えない暗さの森を走りました。
「真里亞、真里亞、真里亞!」
ストッキングは破けたし目の前を鬱陶しくちらつく虫達に体を何カ所も刺されました。
それでも叫び続けて、風が冷たくなってきて私の濡れた頬を苛み始めた頃、私は遂に立ち止まりました。
「真里亞、〜っ…」
力なく座り込んで絶望で俯きました。
ああ、そうです。これは魔女様の罰です。私があなたを、殺してしまったから。
だから私の代わりに、真里亞を。真里亞をさらって食べてしまったんです。
涙をぼろぼろと流しながら私は魔女に懇願しました。
「お願いです…真里亞を返して下さい…っ!何でもします、ごめんなさいっ…ごめんなさい…」
もはや、諦めに近い形で謝罪の言葉を繰り返しました。
それは、仮にも右代宮家の令嬢とは思えないほど惨めな姿だったと思います。


それから、どれほどの時間が経ったでしょう。
「ママ?」
呼ばれて顔を上げると、愛しい我が娘の顔がありました。
心配そうにのぞき込んでいました。
私は瞬間真里亞に抱きついて頬ずりしてそのまま暫く離れられませんでした。
魔女は私の願いを聞きとげてくれたので、
魔女は私を許してくれたのだと思いました。



そして今、真里亞は八歳になりました。
いつまでも、年相応の成長を見せないままで。

それどころか、
「ベアトリーチェに会ってきたよ
魔法を習ったんだよ」
などと気味悪いことを言って、並べて、
魔女みたいな気味の悪さできひひひひ、なんて笑ったりします。
それで「うーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうーうー」
という耳障りなうなり声をあげて私を困らせます。
わざとやっているのではないでしょうか。

ある日ふと気がつきました。これは魔女のかけた呪いではないか。
あの日、真里亞が森へ迷い込んだあの日。私の所為で崖から落ち、体を失した魔女は、
真里亞に入り込んだのではないでしょうか。それで気味の悪い言動をして私を困らせて楽しんでいるのでは。
そう考えたら、何かが背筋をじわじわはい上ってくる感じがして、気づいたら私は真里亞を叩いていました。
(出ていけ、魔女。
私の可愛い娘の体から出ていけ。
あの時崖から滑り落ちたのは浅はかなあなたのせいだわ。
だから出ていけ、出ていけ…!)

心の中で延々と、気が済むまで呪いの言葉を吐きました。
思えば娘を叩いたのはこれが初めてでした。


今日も真里亞が、私を困らせました。
家に連れてきた私の彼氏を異常なほどに拒絶して、うーうーうー喚いて、結局彼は帰ってしまいました。
なぜ私が幸せになろうとするのを邪魔するのか、解らなくて、悲しくて、悔しくて、たまらなくなって、
私は娘の耳を引っ張ってこちらに引き寄せてから娘の頭を打ちました。
「どうしてよッ、なんであんたは、邪魔ばっかりするの…!何で、何で…
小さな頃の真里亞はもっと可愛かった、可愛かった。
もしあなたが”…”なら!あんたなんかいますぐ出て行けッ!出て行け…ッ!」
真里亞は、いや、魔女は、うずくまって両手で頭を押さえて震えています。
「ママ、やめて、やめて、…」
涙声で祈る娘の姿に気づいたとき、
私は自分の中の悪い熱気が一気に冷めていくのを感じました。
(そうよ、魔女はいない。魔女は死んだわ。それなのに、私はまた、あなたを叩いてしまった。)
今度は私も泣きながら、謝罪しようと真里亞に手を伸ばしたとき、
真里亞と目が合いました。今は目を見るのも苦しいので、それから逃げるように彼女を抱きしめると、
真里亞がぽつりと呟くのが聞こえました。


「今度は、悪い魔女に負けないでね。ママ」





────血が凍りました。




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