※楼座が主人公の、9年前の親族会議の日の話。
 暗い話&いつもながらに過去捏造です。苦手な方は注意。
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「真里亞ちゃんねぇ。可愛いじゃないの。」
「…えぇ本当です。楼座さんに似て賢い子に育つと思いますよ…。」
向かいに座る姉と兄が笑顔だったので、
私は曖昧に笑いおずおずと言葉を返した。



のこ



初めて訪れた本家の独特な空気に疲れたのか真里亞はいつのまにか眠ってしまっていた。
私でも10月が近づくたびに胃が痛くなるというのにまだ一歳にもならない娘には辛かったのだろう、
起こしてしまうといけないので、私と真里亞のふたりに与えられた客室に真里亞を寝かせて来た。
そうして親族の集う客間に戻ってくれば、まっていたとばかりに真里亞の話題が始まる。
真里亞を授かったことは親族に知らせていたが、お父様以外にお披露目するのは
今日が初めてだから当然といえば当然。
しかし、いつも周りの人たちに相槌を打つばかりで自分が話題の中心に立つことが無かった私は
いつにも増して萎縮し、緊張していた。
もちろんあの兄や姉に何を言われるかという不安も大いにある。
「ん。…姉さんたち、ありがとう」
客間の柔らかなソファに座った私は曖昧に笑いおずおずと言葉を返し、
向かい側に座っている兄や姉やその配偶者の反応を伺っていた。
…真里亞は兄の子供や姉の子供のように『この家にふさわしい』ような子供ではない。
本来なら隣に居るべき夫が私には居ないのだから。

「いやそれにしても、ウチの譲治に朱志香ちゃんに戦人くん、そして真里亞ちゃんで子供が四人か!
3人でも賑やかなのに、こりゃあ右代宮家がさらに明るくなりそうやな。」
秀吉さんが本当に嬉しそうに言う。この人は家族に強い思い入れがあるらしかった。
その隣の絵羽姉さんが穏やかな表情で秀吉さんを見てから、
「真里亞の亞が十字架みたいでオシャレねぇ。素敵じゃない。うらやましい限りだわぁ」とさらりと言う。
姉さんの口述に棘があるのはいつもの事だったが、それはあからさまな嫌味(というか自虐だろうか)。
私たちは苦笑した。
「…お父様のネーミングセンスはご健在だわ。この子も名前で一生苦労するのね…。」
「ああそうだろうぜぇ。でもお前はまだマシだろ。俺のバカ息子なんか戦人だぜ戦人。ばとら。どう読むんだよ」
「蔵臼兄さんのお子さんは朱志香。まったく素敵な名前だわ。12年間も頑張ってできた子供にふさわしいわね」
「そうかね絵羽。お前にそんなことを言ってもらえるとはな…」
「あ、な、名前が原因でいじめられたら嫌だわ…。子供ってとにかく周りと違う子に敏感じゃない。」
「まぁそんな気にするなぃ楼座。友達なら俺たちの子供が居るだろ。
うちの戦人の遊び相手が増えたなぁ、明日夢。…」
明日夢姉さんはそうね、とにこにこしていた。

使用人が運んできた紅茶の香りが静かに漂う客間。
子供のときは偉そうな大人の人たちばかりが来て近づくと怒られる部屋であり
タバコの臭いのする苦い部屋だったが。
この家らしからぬゆったりと優しい時間が流れているように思える。それは自分が大人になったから?
ぼんやりと思う、かつてこんなに兄さんたちと話したことがあったかしら。

「楼座、楼座。ところで真里亞ちゃんからこんなに目を離してていいのぅ?」
「…、そうですよ子供から目を離すと…、使用人を向かわせましょうか?」
「い、いけない。すみませんが様子を見に行ってきます…!夏妃姉さん、お気遣いをありがとう」
慣れない空気に飲まれてしまっていた。気がつけば真里亞を寝せてから一時間以上が経過している。
私は立ち上がり一礼すると足早にドアへと向かった。
客間は広く、親族たちの囲むテーブルから壁を隔てて右折したところにドアがある。
昔はこの、隔たった壁によって生じる死角でよく留弗夫兄さんにいびられたものだ。
この年になっても条件反射的に身体がかたくなる自分に多少驚きつつも足を進めた。
背後ではまだ談笑が続いている。急がなければ、

「…ふ。よくもまぁ、猫みたいに子供こしらえてきたものよねぇ。」
ドアノブに手をかけ、息をつこうとした瞬間にそんな言葉が聞こえたものだから心臓が止まった。
追い討ちをかけるように兄たちが後ろから私を刺す。
「ははは、…おいおい。やめろよ姉貴。楼座に聞こえちまうぜえ。」
「かまわんよ、もう部屋へ向かっているだろう。
しかし猫とはよく言ったものだな。やっとこの家から出て行ったと思えば
どこの馬の骨ともわからん男の子供を産むなどと。」
「姉として恥ずかしいわよぉ。うふふ、子供は家庭環境に大きく影響されるっていうけどね兄さん。
この家の恥よねぇ…」
小さく夏妃姉さんの反論が聞こえそれを静止する声が聞こえる。
「…まったくだよ絵羽。あの妹は、どうしてあんなに─────」


楼座は客室に駆け込むと乱暴にドアを閉めた。
続けてふらふらとベッドに近寄りへたりこんで顔をうずめる。
楼座は兄のあの言葉の続きを知っていた。よく知っていた。
だから聞きたくなかった。

さっき止まった心臓はさっきよりもずっとどくどくと鼓動を打っていて
内側から絶え間なく胸をなぐられているように息が苦しい。

『かまわんよ。もう部屋へ向かっているだろう。』
嘘だわ。兄さんも姉さんも私が聞いているのを知っていたわ。
私は耐えられなくて逃げ出したがあの『談笑』はまだ続いているのだ。
夏妃さんは明日夢さんは秀吉さんは何を言う?
どう思っているのだろう。殴られていた胸の内側が今度は静かにぎゅうっ…と握りこまれる。
あぁ知っているんだ。じわじわと人を傷つける方法。あの人たちは与えることにも貪欲だった。
なんだ…、このムカつく家を出ても、会社を作って責任を背負う立場になっても、…真里亞を授かっても。
あの人たちは私を子供としか見てくれていない。猫のような子供としてしか。

私は大人なのだろうか。あの人たちは私が生まれたときから大人だった。あの人たちはどうやって大人になった?
知らない。
考えてみれば私は努力した、馬鹿にされるのが悔しくてたくさん努力した。
しかし姉は「妹は姉マイナス1よ」と心底楽しそうに笑った。
その笑顔を見た時の脱力感というか、あれはなんと言うのだろう、あれも絶望の一種だろうか。
自らを苛み続ける劣等感からはいつ開放される……?

…いつのまにか肩を震わせ私は号泣していた。
泣きながら使用人が丁寧にセッティングしたらしいやわらかな枕に手をのばし、
めちゃくちゃに叩いて噛みついて壁にたたきつける。
思ったより大きな音がしないから私はいらついて懐の万年筆を抜いてくたくたになった枕に振り下ろそうとする、

すると寝ていたらしい真里亞が目を覚まし私よりも大きな声で泣き喚いた。
いや違う、もっと早くに泣いていたのかもしれない…。

ああ忘れていた。真里亞。そうよ兄さんたちに呼ばれてほったらかしにしていたから。
心配になって様子を見に来て…。なのに私は何をやっているんだ。
真っ白になっていた頭が一気に現実に引きずり戻される。
万年筆を放り投げ、私は愛しい娘真里亞の寝ているベッドに駆け寄った。

あぁ、幼い頃のやわらかかった心。
散々破かれいたぶられて少しつついただけで中身が溢れ出すようになってしまった。
ぎこちなく真里亞を抱き、優しく揺らし、あやしながらも楼座の涙は止まらない。娘は泣き止まない。泣き止まない。


『枕よりもやわらかい私の真里亞。』


…私はこの子のためにいいママになれるだろうか。


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