竹刀を突きつけられた首元が熱い。
私を戒めたあの顔が忘れられない。
怖かった。
負けてしまうより、ずっと。

 

 

 


「小西と大会終了後」

 

 

 

トイレの個室でひとしきり不安を発散したあと、私は最後にもう一度だけ、その場所を振り返った。
私の負の感情が詰まったその場所。
個室の壁に大分爪あとをつけてしまった。悪いことをしたな。
「小西先輩〜?どうしたんですかぁ?」
親衛隊の1人が話し掛けてきて、私は曖昧に笑った。
「何でも無いわ、大丈夫よ」
そこでふと思う。
この子たち、私があんな盛大に負けるところ―――試合的には引き分けなのだが―――を見て、まだ慕ってくれているのか。
けれどそれを直接問いただす度胸もなく、私は視線を前に戻した。
この子たちは悪い事を山ほどした。
それは私も同じなのだけれど。というか、私がこうだから、彼女たちが愚行に走ってしまったのかもしれない。そう思った。例え彼女たちが私の本性を知らずとも、だ。
類は友を呼ぶ、とはよく言ったものだ。内心自嘲する。
私は―――卑怯だ。
今ならそう解る。いや、もともと解っていたのかもしれないな。
けれど甘えていた。不幸な自分の立場にかこつけて、崩す訳にいかない地位を守るため、陰で愚かしいほどをやって。
けれど私は何一つ償えていないのだ。謝ってすらいない。
私は、本当に卑怯。

 

 

*********

 

 

親衛隊に囲まれながら会場の外に出ると、もう全員が集まっていた。
身体が萎縮する。私は盛大にコケたところを全員に見られたのだ。しかも無様にも腰を抜かし、続けて試合にも出れなかった。
先生が私たちに気付き、視線を向ける。
やめて、見ないで―――――そう思いかけて、でも私が咎められる事は当然だと思い直し、平静を装った。
本当なら、こんなことじゃ済まないはずなのに。
「小西、遅いわよ」
「すみません」
いつもどおり、単に集合に遅れたものをしかりつける彼女の声。
私はそれに少し安心しつつ、全員の前に立った。
謝るべきだろう。
下らないプライドは、あの突きに貫かれた時崩れ去った。
もう、何もない。
「―――――あ」
「小西」
言いかけたところで、先生が突然口を開いた。
どきり、と心臓が跳ねる。
やっぱり、叱られる?
思わず制服の裾をぎゅうと掴んだ、その時だった。

「―――ごめんなさいね」

その言葉が、私の耳に届いたのは。
思わず目を見開いてしまう。
「・・・・・え?」
「私たち、今まであなたに頼りすぎていたと思ったの」
先生の言葉にみんなが頷く。
頼りすぎて、いた?
絶句している私に頷き、彼女は再び口火を切った。
「何があってもあなたは勝ってくれるって決め付けていてね。・・・・でもあなたもまだ高校生、完璧なんてありえない」
それはあの試合の事を指しているのだと思った。
そう言えば、みんなの前で負けた事は今までなかった気がする。
「顧問失格ね」
ふ、と自嘲の笑みを零す彼女に、私は思わず口を開いた。
「そんなこと―――」
「小西。あたしもごめん」
次に遮ったのは、青木だった。
「あたしもさぁ、小西には敵わない、負けても何とかしてくれるって思っててね。――――でも、小西も負けることあるんだなって、今日わかったから」
「こら青木、あんた負けたでしょー」
「引き分けだってば!寺地だって、相手が初心者だったから勝てたんだよ〜。あたしだって朧み――――足捌きが上手くいけば・・・・」
青木が無邪気に笑いつつ皮肉るのを、私はぼんやりと眺めていた。
これは―――――慰めとも同情とも違う。謝罪だ。
私が誰にも出来ていない、謝罪だ。
「今度はあたしも負けないからね、小西!だから負けても落ち込まない!」
次は、慰め。
初めての。
心がぐらついた。といっても、今までのような不安なぐらつきじゃない。
気を緩めたら泣いてしまいそうだ。
慰めが嬉しいと感じたのは初めてで、でも、私には慰められる資格なんてない。
「―――というか、あなたたちたるみすぎよ?大将のコが怪我してなかったら、負けてたかもしれないんだから」
「えー、でも最後は勝てたし」
「それでもギリギリです。―――やっぱり、個人個人の力をつけないとねぇ」
「皆が小西さんみたいにはいかないですよー?」

違う。

私は、強くなんかない。
私は出てきそうな涙を圧し止めて、前を向いた。
今まで自分の足を引っ張るのみだと思っていた、部員たち。
でも彼女達は私を頼ってくれていた。それは重い負担だったけれど、頼られているというのは―――嬉しかった、のかもしれない。
だから私は、言うべきだ。
「先生、みんな」
ようやく誰にも遮られる事なく、私は口を開いた。
全員の視線が私に向く。
怖い。けど、やめない。
剣道をやめない。
もう逃げない。
私は気付けたんだ。
強くなろうと決めたんだ。あのコみたいに。
だからきっと、言うべきなのだろう。

「――――・・・・・・告白したいことが、あります」

許されるつもりはない。
蔑まれてもいい。
これが償いになるとは思えない。
でも、言わないと強くなれない。
純粋に剣道を続けられない。
ならば、言おう。

重圧を軽くしてくれたみんなのためにも。
悪を裁いた彼女のように、私は私の中の悪を捨て去ろう。

 

それがきっと、揺らがないための第一歩。

 

 

 

Fin





○○○○○○
真春さんにまたまた頂きました、一万ヒットの時リクさせていただいた、小西メインの小説です!!
あの…萌えますよね。小西分をばっちり補充できました、ありがとうございます…!!
青木ちゃんも出てきて個人的にすごく嬉しかったです。朧www
「告白したいことが…」で一瞬何かよぎったのはきっと気のせいです
本当にありがとうございました、宝物にしますv

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