6年前の次男一家過去捏造、夫婦、霧戦。微欝ネタ。
キャラ崩壊(ヤンデレ)が嫌いな方はご注意ください。
トンデモです。誰が犯人でも許せる方はどうぞ。
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「…お帰りなさい、戦人くん。」

「ただいま、霧江さん!来てたんですか」
戦人は彼女を見て顔を輝かせた。霧江が留弗夫の仕事の手伝いという名目で家に来ることは珍しいことではない。昔からそうだった。
一人っ子で幼かった戦人は頭が良く頼りがいのある霧江を尊敬し姉のように慕っていた。
「来るなら教えてくれればいいのに。またチェスで勝負しようぜ」
嬉しそうな戦人を見て霧江はくすりと笑う。
「えぇ、いいわよ。私に勝…」
「いいわよ、じゃねぇだろ霧江」
言い掛けたところで背後からゆっくり歩いて来た留弗夫がこつんと霧江の頭を叩いた。
「仕事はまだ残ってるんだぜ?」
戦人は不服そうに父親を見た後、どこか期待した目で霧江に目線を移したが
霧江は「あら社長…ごめんなさい」と微笑むだけだった。
母親は家に居なかったし、友達と遊んでこいと言われて最初からそのつもりだ、と返してから家を出た。
…疑った事なんて、なかった。

いただきます


「どうだった…??」
二階から降りてきた留弗夫に、霧江が心配そうな面もちで尋ねる。
留弗夫はため息をつきつつ首を横に振った。
「駄目だな。全然駄目だ…、戦人の奴、いくら呼びかけても返事もしねえ」
「…そう…」
留弗夫の妻であり戦人の母親である明日夢が死んだ。
そして留弗夫と霧江は今月中に再婚する。戦人はそれを聞いてから部屋にこもって一言も口を利こうとしなかった。
「何であんなに拗ねてるんだ。
明日夢を裏切ったって、どうしてそうなるんだ。
戦人は霧江の事を好いていたろう…。
…まさか好きなフリしてたわけじゃ、ないだろう」
留弗夫は子供の扱い方はわからないと呟き、珍しく目を伏せている。
幼少時、非常に異常な家族関係の中で育った彼には明らかに欠落した部分があった。
それがわからず今無言の息子に苦しんでいる。
霧江は静かにその様子を見ていた。しばらくたってから切り出す。
「…私が少し話しにいってもいいかしら?」
留弗夫は承諾した。


「……」
部屋に明かりをつけることも忘れて少年はベッドに顔を伏せ続けていた。
戦人は人の死を経験するのは初めてだった。

母親の死を告知され、呆然とした。ふとした時に母親を探し、もういないのだったと気づき実感する度
膨大な恐怖に似た孤独感が襲ってきた。そうして彼は今まで生きてきた短い時間の中で一番泣いた。
少しだけ嬉しかったのは家庭を顧みなかった父親が、三日程続けて仕事を休んだ事だ。
尊大で傲慢な表情しか知らなかった父の横顔は寂しげに見えた。

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葬儀には霧江さんも来た。
「来てくれたんですね」と笑った自分の表情はぎこちなかったかもしれない。
彼女が母親に手を合わせたとき、俺は左手の小指に何か光るものを見た。
その時は気にも止めなかった。

なのに、

「どうしてウチの親父となんだよ…!」
思い出してみればまた涙が滲んだ。
暗い室内で抑えきれない感情に動かされて何度もベットを叩いた。握った拳が痛い。
畜生。まったくもって理不尽だ。こんなのってない、こんなのってないッ!
(…そうだよ考えてみればおかしかったじゃねえかあの二人。
母さんが出かけている時家から俺を追い出してしていたのはどんな仕事なんだ。
ふざけるな馬鹿にするな…何で気づけなかったんだ。親父は母さんを裏切った。)
信じていた霧江さんのことが大嫌いになった。

親父とは一生口をきかないだろうなと考えた折、背後で小さくノックの音が聞こえた。
「戦人くん、入っても良い…?」それは霧江さんの声だった。
まだこの家に居たのか。霧江の存在を認めたくなかった。この家は母さんの家だ。

親父に突き通した沈黙を破るのは悔しかったので黙っていると
これを肯定と受け取ったのか霧江さんが部屋にゆっくりと入ってきた。驚いたが振り向くのはこらえた。
「戦人くん、ごめんなさい…」
彼女はそう言いながら隣に腰を下ろす。
(ごめんなさい?そんな事少しも思っていないくせにな。)
「こんな事言っても許せないでしょう。そうよね…。だから、聞いてくれるだけでいいの…。ごめんなさい」
…お見通しだ。
霧江さんは優しい霧江さんのままだった。でも…今はそれを全く魅力的と思えない。
数週間前と今との現実のギャップに悲しくなる。
それから霧江さんが何も言葉を続けようとしないのでちらと彼女を見た。すると、
霧江さんは俺を凝視していた。
すぐに目をそらしたが何故か寒気がした。まるで観察しているかのような、その目つき。

「…ようやく私を見てくれたわね。戦人くんやっぱり可愛いわ、あの人みたい」
「え?」
霧江に顔を向けた瞬間、唇を重ねられた。
同時に冷たい手が背中に回され引き寄せられる。急激に伝わる柔らかな体の感触と甘い匂い…。
…呆然としていた戦人は我に返ると霧江を突き飛ばそうともがいた。
「な、何するんだよ…ッ!?何で…」
「私が戦人くんを好きだからよ」
「は…??」
霧江があまりにも当然のように言うので戦人は言葉に詰まった。
遅れて優しい少年はどうしようもなく胸が苦しくなった。
掠れきった、震える声で問う。
「霧江さんは親父のことを好きだったんじゃないのかよ…!?」


霧江は即答した。
「好きよ。可哀想にあの人戦人くんがどうして嘆いてるか分からなくて苦悩してるのよ。
くだらないプライドを維持できないほどに。あの表情…。女に弱みを見せたくないだろうに私には見せてくれた。
自分には絶対に分かりそうもないから私に助けを求めていたの。
甘えられなかったから甘え方が分からないけどあの人はそうなのよ。
私にはわかるわ。ふふふ、パートナーだもの、ずっと一緒にいたんだもの。
あなたが生まれる前からずっと傍にいたの。ずっと待っていたのよ、私…。
あの人のすべてが好き。
そしてすべてを知っている。
すべての表情を知っている。
不器用な所もどうしようもなく愛している」

「じゃあ…どうして俺に…??」
「決まってるじゃない。
あの人を愛してるからよ」

”だからあの人のすべてが欲しいの”

全てをね。と、いつもと変わらない微笑みを浮かべながら話すものだから
戦人は今の話がまるで夢であるかのような奇妙な感覚に捕らわれていた。
霧江さんは確かにここにいる。でも話しているのは夢の中の霧江さん。だっておかしいだろそんなの…。狂っている。
もうわからない。わからない。視界がぐるぐると回った。信じてきたものが全否定され幼い少年の思考はパンクしそうだった。
きっとこの心情も彼女のチェス盤思考で読み切れてしまっているんだろう。心を読み透かされているのだ。怖かった。
だけど母親を、父親を、自分を冒涜された気がして、戦人は泣きながら霧江の頬を叩いた。

乾いた音の後にはしばらくの沈黙が残った。
「男の子に叩かれたのは、初めてね………」
霧江はそう呟き、部屋を飛び出していった戦人のいた場所を見つめていた。
いつまでも見つめていた。


それから戦人は母親の実家に住むことになり、数年経って、霧江から電話が来た。
そこに居たのはあの頃、チェスをおしえてくれた霧江さんと何も変わらない、頭が良く頼りがいのある、あの姉だった。
ぼんやりと口付けや抱擁の感触を思い出す。柔らかさ、温もり、濡れた瞳。リアルすぎて逆に現実味を帯びていない気がした。
くらくらした。…果たしてアレは真実だったのか。
思考した後白昼夢だったのだと納得することにした。忘れようと思った。





静まり返った食卓を雨音が支配している。

「うー、真里亞、お手紙読む!」
祖父母が死に、青年は父方の姓を名乗らざるを得なくなった。
十八歳になった右代宮戦人は六年ぶりに六軒島を訪れていた。
その夕食の席で六年前と変わらない幼い少女が奇妙な手紙を取り出し
自分はメッセンジャーなどと言うものだから一族は驚愕し困惑した。
淡々と読み進める真里亞の声を彼らは体を強ばらせて顔を歪め聞く事しか出来なかったので、
末席の霧江が堪えきれず口元を歪めていたことを誰も気づかなかった。


”―――右代宮家の全てを頂戴します。”





いただき

(ようやく手に入る!)


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